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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)4774号 判決

原告

小池順子

右訴訟代理人弁護士

野澤涓

被告

小池伸子

右訴訟代理人弁護士

近藤正昭

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は原告に対し、金一三二万七六九五円及びこれに対する平成元年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、事実と異なる相続税申告の結果、原告は正当な申告をした場合に比較して多額の税負担をして損失を被り、他方、被告は正当な申告をした場合に比較して右以上の利得を得たとして、不当利得の返還を求めた事案である。

一  当事者間に争いがない事実など

1  被相続人小池芳太郎は昭和五六年二月三日死亡し、相続が開始した。原告及び被告を含む相続人らは、遺産分割協議を重ね、昭和六二年八月二七日、大阪家庭裁判所昭和五九年家イ第五〇〇八号遺産分割調停事件において調停が成立した。

2  原告及び被告を含む相続人らは、右調停を前提とする相続税の申告をするに際し、申告事務を担当した訴外長谷川棟男税理士の提案により、右調停によって各自が取得・負担した遺産の項目を調整し、事実と異なる申告を行なった(以下「本件申告」という。)。

3  右長谷川税理士が行なった申告における分割財産の内訳等は、別紙のとおりであり、実際には原告が負担した債務である久保和子に対する代償金中二〇〇万円、貸家保証金中二八五万二〇〇〇円、小池芳太郎の固定資産税中三四万一三一〇円、同人の所得税中二四万〇四四二円の合計五四三万三七五二円を原告の申告から除外し、これを被告が負担したかのように申告された。

二  争点

本件申告による不当利得の成否が争点である。

1  争点に関する原告の主張

(一) 本件申告の結果、原告は正当な申告がなされた場合と比較して、一三二万七六九五円だけ余分の税負担を余儀なくされ、これを支払うことにより、原告は同額の損失を被った。

その明細は次のとおりである。

① 原告の税申告から除外された債務額    金 五四三万三七五二円

② 原告に対する課税価格

金 七一六〇円二〇〇〇円

③ 総相続人に対する課税価格

金 二億〇八〇三万九〇〇〇円

④ 相続税の総額

金 五一〇六万五二〇〇円

⑤ 原告に対する相続税の額

金 一七五六万六四二八円

⑥ 原告の損失額

金 一三二万七六九五円

⑤−{(②−①)÷③}×④=⑥

(二) 他方、被告は本件申告の結果、原告の右損失額以上の額の課税を免れ、同額以上を不当に利得した。

(三) 被告は、本件申告が事実に反し、原告には損失を被告には利得をもたらす事情を知りぬいたうえで、原告らと同一の相続税申告書をもって、一体として相続税申告を行い、その結果、原告は納付税額相当の損失を被り、被告はこれを下回らない納付税額を利得をしたのであるから、原告・被告間には不当利得関係の存在が認められて当然である。

(四) よって、原告は被告に対し右不当利得金一三二万七六九五円及びこれに対する支払催告の後である平成元年七月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  争点に関する被告の主張

本件申告は、原告とその母親小池和代が、遺言によって小池和代が取得した土地を被告の夫小池淳二に譲渡したことによる譲渡所得税の軽減を図ること、及び、小池和代が相続税における配偶者特別控除の特例の適用を受けることの便宜のために、税務申告限りのものとして被告らに協力を依頼してきたもので、関係者間の税務調整は行なわないとの前提の下に双方が了解してなされたものである。

第三  争点に対する判断

一  相続税法は、相続又は遺贈により財産を取得した個人に対して課される税で、その課税物件は相続又は遺贈によって取得した財産である。したがって、相続税は遺産取得税の類型に属し個々の相続人に課されるのであるが、その税額については、民法所定の各相続人が民法所定の相続分に応じて被相続人の財産を相続したと仮定した場合の総税額を計算し、それを各相続人及び受遺者に、その者が相続又は遺贈によって得た財産の価額に応じて按分することとされている(相続税法一一条以下)。

そうすると、長谷川税理士の提案によってなされた本件申告において、原告が実際には負担した相続債務ないし遺産分割代償金の合計五四三万三七五二円を申告から除外し、被告がこれを負担したように仮装したことによって、原告はこれに対応する金額の相続税を過大に負担し、反面、被告に対してはこれに対応する金額が過小に賦課される結果となっていることが明らかである(ただし、原告が過大に負担した金額は、既に申告のあった相続債務である住民税三〇万円五六八〇円をも考慮に入れて再計算すると、原告主張の額を若干下回る結果となるが、この点はさて措くこととする。)。

二 ところで、民法七〇三条以下の不当利得の制度は、法の技術的な適用によって生じた財産的価値の移動を公平の理念に基づいて調整しようとするものであるが、本件申告による原告の損失は、仮装内容の申告の結果本来納めるべき税額を越えた相続税を国に納めたことによって国に対する関係で生じているものに過ぎず、他方、被告の「利得」も、本来国に納めるべき相続税を納めていないことによって国との関係で生じているものであって、原告と被告の間で社会通念に照らし何らかの財産的価値の移動が行なわれた結果生じたものではない。したがって、右の不公平は、本来、国との関係においてをそれぞれ調整されれば足りるものであって、これを原告と被告の間において公平の理念に基づいて直接調整しなければならないとするいわれはないのみならず、むしろ、これを行なうことは、相続人らの間で何らかの目的で相続税法の規定に反してなされた虚偽の相続税の申告の結果生じた税額の「不均衡」を納税義務者の間で私的に調整することを容認しかつそれを強制することであって、虚偽の申告を追認し補完する結果ともなって、かえって相当でない。

さらに、本件では、甲第九ないし一一号証、乙第一ないし五号証及び弁論の全趣旨を総合すると、本件申告の内容は、原告とその母親である小池和代が、遺言によって小池和代が取得した土地(大阪府南河内郡美原町多治井二六七番宅地九三二平方メートル)を被告の夫小池淳二に譲渡することによる譲渡所得税の軽減を図ること、及び、小池和代が相続税における配偶者特別控除の特例の適用を受けることの便宜のために、税務申告限りのものとして対立する相手方であった被告らに協力を求めて仮装したものであることが認められる。そうすると、原告の相続税の過大負担は、被告の相続税額を減額するためのものではなく、実質的には、小池和代の課税上の利益を図る目的でなされたものであるから、前記相続税額の計算式の関係で被告の税額が反射的に減少している点はともかく、経済的、実質的な意味での損失と利得の関係は、むしろ原告と小池和代の間にあったことが明らかである。

三 そうすると、本件においては、公平の理念に照らしてみても、原告の財産又は労務によって被告が利得を得たというような不当利得制度における因果関係が認められないというほかはないから、原告の被告に対する不当利得の返還請求権は成立しない。

第四  結論

以上の次第で、原告の請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官小田耕治)

別紙相続遺産分割明細一覧表〈省略〉

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